お笑いタレントとして一世を風靡し、俳優や司会者としても活躍してきたラサール石井さんをご存知でしょうか?近年は政治的発言や、社会問題へのコメントが注目されているようですね。

そこで今回は、年齢を重ねても発信をやめない行動派のラサール石井の国籍や嫁、芸人の頃・政治活動などについても調査しましたので、ご紹介していきます。

Contents
  1. ラサール石井の国籍はどこ?
    • 大阪市出身で日本国籍
    • 国籍が疑われた理由は?
      • 芸名の響きによるもの?
      • SNSでの活発な発言?
  2. ラサール石井の嫁はどんな人?
  3. ラサール石井の芸人時代は?
    • 小宮・渡辺との出会い
    • 下積み時代は何してた?
    • お笑いブーム時代
  4. ラサール石井の政治活動とは?
  5. ラサール石井の経歴を紹介!
  6. まとめ

ラサール石井の国籍はどこ?

賛否が分かれやすい存在の、ラサール石井の国籍はどこなのかについて探ってみましょう。

大阪市出身で日本国籍

ラサール石井さんの公式プロフィールには、出身地が「大阪市」と記載されており、日本国籍である可能性が高いと言えます。日本で活動するタレントの場合は、国籍が「日本」であるからこそ、特記しないケースも多いようです。

ラサール石井さんの国籍が検索されるのは、彼の発言に対して「日本人らしくないのでは」と感じる一部の人の違和感が影響しているのでしょう。結果的に、国籍について明記されていないことが疑念を生み、憶測を呼んだと考えられます。

国籍が疑われた理由は?

高学歴のイメージが強い、ラサール石井さんが国籍を疑われた理由について、見ていきましょう。

芸名の響きによるもの?

「日本国籍ではない?」と、疑われる理由の1つは、芸名の響きにあると推測できます。「ラサール石井」は、卒業した鹿児島県の名門であるラ・サール高校に由来する芸名です。しかし、日本語ではない「ラ・サール」は外国語のような響きがあり、無意識のうちに「外国人なのでは?」と連想する人が一定数いたのでしょう。

直感的に、「外国語っぽい名前=外国人」と結びつけやすいので、芸名の印象が憶測を呼んだのかもしれません。

SNSでの活発な発言?

国籍を疑われた原因として、ラサール石井さんのSNSでの発言が挙げられます。発信活動ではX(旧Twitter)で政治や社会問題について率直な意見を頻繁にコメントしており、ブログ時代から続いているようです。そのため、ラサール石井さんは何度も炎上や強い批判を受けてきました。

マイナンバーカードに関する発言で著名人から反論されたり、コロナ対策についての発言が物議を醸したりしたこともあったようです。このような主張が一部の人から「日本人らしくない」との反発を生み、国籍まで疑われたと考えられます。

ラサール石井の嫁はどんな人?

32歳年下であるラサール石井の嫁は、知的で行動力のある女性。当時24歳の女子大生だった石井桃圭さんは、薬学部に在籍し、身長168cmのスリムな体型で「小池栄子さん似」と言われていたようです。2人は2011年9月に知人の店で出会い、交際から1か月でプロポーズ。出会って4か月の『スピード婚』であり、2012年1月に2人は結婚しています。

その後、桃圭さんは薬剤師として独立して薬局を経営しますが、近年は閉店したとの情報も。夫婦仲は現在も良好で、ラサール石井さんは穏やかな老後を望んでいるとのことです。

ラサール石井の芸人時代は?

コント赤信号のメンバーとして活躍していた、ラサール石井の芸人時代について紹介しましょう。

小宮・渡辺との出会い

早稲田大学の文学部へ進学し、東京での生活をきっかけにラサール石井さんは演劇に夢中になります。大学2年生のときに、自身の脚本で観客が笑った経験から手応えを感じ、放送作家のアルバイトをスタートさせました。

その流れでテアトル・エコー養成所の試験を受け、合格したため演者としての道も意識するようになります。そこで出会ったのが、後に「コント赤信号」を結成する小宮孝泰さんと渡辺正行さんだったそうです。

下積み時代は何してた?

渋谷のストリップ小屋でデビューできる保証もないのに、小宮さんと渡辺さんと共に300回くらい暴走族ネタを披露していたラサール石井さん。1980年『花王名人劇場』に出演が決まったときは1回きりで終わると思ったため、ストリップ小屋の主人から頂いた衣装用の祝儀10万円で私服を買ったとされています。

真面目なところもあった3人はテレビに出演しながら、時間があるときに1年程度はストリップ小屋にも出ていたそうです。

お笑いブーム時代

80年代に『オレたちひょうきん族』を中心としたお笑いブームが続き、「コント赤信号」の個人活動が本格化します。ワイドショーへの出演をきっかけに、ラサール石井の名義を使い始め、読書コーナーを担当したことで知的なイメージが定着。名前の浸透とともに、仕事も増加したようです。

また、クイズ番組ブームでは『ひらめきパスワード』や『平成教育委員会』などに出演し、中学時代の知識が役立ったとされています。計算して築いたキャリアではなく、積み重ねてきたものが時代の流れと重なり、最大限に生かしたことで成功したようです。

ラサール石井の政治活動とは?

発言するタレントから、実際に政策に関わる政治家へと立場を移したラサール石井さん。長年にわたり、SNSなどで政治や社会問題について積極的に意見を発信してきましたが、2025年7月の参議院選挙で社会民主党の比例代表として当選しています。

ラサール石井さんは過去に、特定の法改正をめぐる発言で注目を集め、賛否の中でテレビ出演が減った時期もありました。現在は社民党の副党首として党運営にも関与し、国民生活の底上げや格差是正、差別のない社会づくりなどを主要なテーマに掲げて活動しているようです。

ラサール石井の経歴を紹介!

1955年生まれのラサール石井さんは、お笑いと演劇の分野で活躍した後に政治の世界へ進みました。大阪市出身でラ・サール高校を卒業後、早稲田大学第一文学部に進学しましたが、除籍となっています。

1977年に渡辺正行さん、小宮孝泰さんと「コント赤信号」を結成し、芸能界で活躍。その後は俳優・声優としても活動し、脚本や演出など舞台分野でも評価を得ています。2025年7月には社会民主党の比例代表として参議院選挙に初当選し、現在は参議院議員としても活動中です。

まとめ

今回の記事では、コント赤信号のメンバーとして人気を博したラサール石井の国籍を中心に、嫁や芸人時代・政治活動などについて紹介しました。

ラサール石井さんは日本国籍のようですが、自身のSNSでの発言によって誤解を招いたのかもしれませんね。現在は政界で活動しているラサール石井さんの、今後の活躍に期待しましょう!