女性有名人

磯部希帆の実家の場所は横浜のどこ?父や母の職業や家族構成も!

磯部希帆タイトルカード

さんま御殿に出演して、磯部希帆さんの衝撃的な実家が話題になっていますね。

この令和の時代に、磯部希帆さんの実家は、屋根も床もない家で、父親がまだそこに住んでいるようなんです!

どうやって生活してるんでしょうね・・・。

 

磯部希帆さんは、貧乏グラビアアイドルということでテレビに出ることもあります。

めちゃくちゃかわいいから、ギャップがヤバいですね!

磯部希帆さんの実家の場所は横浜らしいのですが、横浜のどこなのか調べてみました。

また、貧乏生活をするとなると、父や母の職業も気になります。

家族構成につていもあわせてまとめました。

磯部希帆の実家の場所は横浜のどこ?

磯部希帆公式チャンネルより

磯部希帆さんの実家って気になりますね!!

磯部希帆さんの出身地は横浜市鶴見区ということなので、実家の場所は神奈川県の横浜市鶴見区であると考えられます。実際にテレビでも神奈川県の横浜市にあると伝えいていたので、可能性は高いと思います。

磯部希帆さんの実家の場所は、横浜市鶴見区のどこなのか気になるところですが、公表はされていませんでした。

これだけ目立つ家だったら、近くに住む人はだいたいの目星がついているのではないでしょうか・・・。

磯部希帆さんは、重盛さと美さんと仲が良くて、実家を紹介する歌を動画でアップしていますが、これって撮影用セットじゃないの?と思うくらいの家・・・。

衝撃です。

磯部希帆の父や母の職業は?

 

この投稿をInstagramで見る

 

礒部 希帆(@k_i_h_o_)がシェアした投稿


これだけの、家で貧乏育ちということは、父や母は仕事をどうしていたのか気になりますね。

この平成や令和の時代に屋根のない家に住むって、あまり想像できないので。

調べてみると、磯部希帆さんの父は、元々配管工として働いていたようですが、依存症もあったためか、仕事をたびたび休んで、母親のパート収入で生計を立てていたようです。

母は、調理師免許を持っていたという情報もあるので、料理屋さんで働いていた可能性もありますね。可能性の話で推測ですが・・・。

パート代が月6万円ということらしいのですが、生活保護は申請しなかったのでしょうか。

保険証を持っていないので、医療にかかれなかったというエピソードもあるようです。

もし、生活保護を受けていたら医療券で病院にかかれるはずなので、生活保護から収入を得ずに、父と母が貧乏ながらも、頑張って生活してたのかなーと思いました。

磯部希帆さんがどんな学生生活を送っていた気になるので、磯部希帆の高校や大学は?卒業後の仕事や重盛さと美との関係も!にまとめています。

あわせてご覧ください!

 

ですが、残念ながら、磯部希帆さんの父と母は、磯部希帆さんが中学の時に離婚したようです。

離婚しても母との関係は良好で、インスタに、母が映っていました。

 

この投稿をInstagramで見る

 

礒部 希帆(@k_i_h_o_)がシェアした投稿

ママ もうお互い若くないので、これからは健康と自分の幸せを1番に考えて生きていってください!子供達はもう大丈夫。立派に体だけ大きく育ってます。ママお誕生日おめでとうです。

磯部希帆のTwitterより引用

写真にコメントを添えているのですが、コメントをみても、今でも母とも仲がいいのがうかがえますね。

このコメントを見ると、母は磯部希帆さんや家族のために苦労したのが分かりますね。

 

まとめると、

父の職業は、配管工だったが、今は無職

母の職業は、パートで月6万円の仕事

磯部希帆さんの父と母は、稼げる職業にはついてなかったので、貧乏な生活をしていたと思いますが、仲がよさそうで家族愛を感じますね。

磯部希帆の家族構成は?

磯部希帆さんの家族構成は、父と母、そして兄弟がいます。

兄弟は、兄と弟がいるので磯部希帆さんと合わせて3人兄弟で5人家族です。

兄は、仕事はしているものの、すぐにお金を使ってしまうらしく、あまりお金を家族に回すというのは当てにならないようです。

弟は、父と同じ依存症で病院にかかっており、無職ですが、結婚はしています。

父と似ている部分がありますね。

まとめ

「磯部希帆の実家の場所は横浜のどこ?父や母の職業や家族構成も!」というタイトルでお伝えしました。

磯部希帆さんの実家の場所は、神奈川県横浜市鶴見区である可能性が高いです。

磯部希帆さんの父は、配管工をしていたんですが、今は無職で、母は、磯部希帆さんが小さい時は、月6万円のパートの仕事をしていたようです。

家族は、5人家族で、父、母、兄、弟がいます。

お仕事をしっかりするような家庭ではなかったようですが、調べていると、全然暗くなくて、家族愛を感じました。